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大阪高等裁判所 昭和44年(う)1110号 判決 1974年6月12日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人六名の弁護人毛利與一、同佐伯千仭、同井戸田侃共同作成にかゝる控訴趣意書ならびに意見書に記載のとおりであり、これに対する検察官の意見は、検察官赤池功作成の答弁書記載のとおりであるから、ここに、これらを引用する。

弁護人控訴の論旨は、

第一点、原判決は本件を破棄差戻した控訴判決の傍論に誤導せられ許すべからざる訴因の変更を許し、そのうえに立って有罪判決を言渡したものであるから破棄せらるべきである。

第二点、原判決は原審における違法な訴因変更にもとづいて被告人に対して有罪判決を言渡した違法がある。

第三点、原判決は差戻判決の趣旨を誤まり、何らの審理を尽さずして被告人に対して有罪判決をした違法がある。

第四点、原判決は被告人中須は単に送水の停止を指示しただけであるのに、水道損壊の共謀を認定したもので、証拠の価値判断を誤まる採証法則違反をおかし、その結果、判決に影響を及ぼすことの明らかないくつもの重大な事実誤認を犯している。

第五点、原判決は被告人菅野が荒井支所で「破壊方法などについて協議し」たという事実を認定し、同被告人に対して懲役一年の刑を言渡したが、かゝる重大な事実誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

第六点、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤があり、原判決は破棄を免れないというのである。

これに対する検察官の意見は、原審裁判所は検察官の適法な訴因変更にもとづいて証拠調ののち、被告人らに有罪の判決をしたのであって、そこに、弁護人主張のような判決に影響を及ぼす訴訟手続違背、採証法則違反などによる事実誤認、法令適用の誤などは存しない、論旨は理由がないというのである。

そこで、一件記録を精査して検討するに、先ず、本件審理の破棄、差戻前の第一次原審裁判所以来の経過をたどってみる。

本件水道損壊被告事件(昭和三三年(わ)第四〇八号)は、昭和三三年九月一七日神戸地方検察庁検察官の起訴により、神戸地方裁判所姫路支部に係属(当初の訴因は、被告人ら共謀のうえ昭和三二年三月八日午前一時過頃、姫路市曽根町立場地内浜国道上において、ツルハシ、スコップで同所を掘り下げバールをもって地下一米に設置してある上水道送水管に穴を開けてこれを破壊し、もって公衆の飲料に供する浄水の水道を損壊した)、二六回の公判審理を経て、昭和三六年四月五日第一次判決があったが、審理中第二五回公判において、検察官から豫備的訴因として、水道損壊罪が成立しないものとしても、被告人らは水道管に穴を開けたうえ、同日午前二時ごろ、同所付近の制水弁を廻して前記大塩町に対する送水を遮断し、よって同町に対する給水を不可能ならしめ、もって、公衆の飲料に供する浄水の水道を壅塞したのであると、水道壅塞の訴因の追加を請求し、裁判所もこれを許可したうえ、水道壅塞の事実を認めて全員有罪とした。

これに対し、被告人全員から昭和三六年四月六日各控訴の申立があり、本件にかゝる第一次控訴審は、原判決が、被告人らが水道の制水弁を操作して閉鎖し、送水を遮断した所為を以て水道壅塞に該当するとして刑法第一四七条を適用したのは、結局刑法第一四七条の解釈適用を誤まったものといわざるを得ないとして、昭和四一年六月一八日原判決破棄のうえ、原審である神戸地方裁判所姫路支部へ差戻の判決があり(右控訴判決に対し、昭和四一年六月二二日被告人全員から上告、最高裁判所第三小法廷で昭和四二年四月二五日上告棄却の決定がなされた。)、本件差戻後の第一審である原審裁判所は、昭和四二年一〇月二七日の第一回公判期日において、検察官から訴因の変更申請(前記の制水弁を閉鎖したのち、破壊した送水管をさらに大きく掘り起して撤去し、これを新らしい送水管と取り替える作業をゆっくりと時間をかけて行ない、よって、同日午前一一時ごろまでの間、前記大塩町に対する送水を不能ならしめて、もって公衆の飲料に供する浄水の水道を損壊したものである。)(右訴因変更許可に対し、弁護人から二度公訴棄却申立があり、いずれも棄却。)があり、これを許可したうえ、昭和四四年七月八日第二次原判決は、水道損壊で全員を有罪としたので、昭和四四年七月一四日被告人全員から再び各控訴の申立があって、当裁判所に係属することゝなった。

すなわち、破棄、差戻前の第一次原判決は、本位的訴因(水道管に穴をあけた行為を水道損壊とする)豫備的訴因(ついで、制水弁を閉じた行為を含め、水道壅塞とする。)のうち、豫備的訴因の水道壅塞に該るとして、処断したところ、第一次控訴審は水道壅塞に該らないとして原判決を破棄、差戻し、第二次原判決は、検察官の訴因変更を許可し、本位的訴因、予備的訴因に含まれる事実とともに、それ以後の行為――破壊した送水管を掘り起して撤去し、もって公衆の飲料に供する浄水の水道を損壊したとの水道損壊の事実を認めて、全員有罪とした。

ところで、破棄、差戻前の第一次原判決、差戻後の第二次原判決を通じ、両判決とも、被告人中須が、大塩町に送水している送水管を壊して一時的に断水して、同町の理事者を困らせてうっぷんを晴らし、あるいはその反省を求めようと決意して他の被告人らに計画を告げて、賛同を得てこれらの人々と共謀のうえ、本件犯行に及んだとの本件犯行の動機ならびに被告人ら共謀の犯意の認定には変りはなく、破棄、差戻前の原判決は、右共謀による犯意の実現は、まず、当日午前一時すぎごろ、送水管に穴を開けて破壊することにはじまり、ついで、当日午前二時三〇分ごろ、同所附近の制水弁を閉鎖して、大塩町に対する送水を同日午前一一時ごろまでの間遮断して、公衆の飲料に供する浄水の水道を壅塞したとするに対し、差戻後の原判決は、午前二時三〇分同所附近の制水弁を閉鎖したのち、午前一〇時すぎごろ、右破壊した送水管を掘り起して撤去した行為をもって、はじめ水道管に穴を開け、ついで、制水弁を閉じる行為と合せて、結局水道損壊の実行行為を完了したと認定したので、実行々為の外形および時間的経過からいえば、送水管の穴開け、制水弁の閉鎖、破壊送水管の掘り起し撤去と順次拡がっていることが認められるけれども、被告人らの犯意からすれば、大塩町に対する送水を不能にすることにあるので、そのための行為としては、送水管に故意に穴をあけ、その修理工事に藉口して制水弁の閉鎖、破壊送水管の取換えの工事をなすことは当然予想し、計画されていたことであり、送水管の穴あけ行為のまゝでおわっていたのならば格別、ひきつゞいて、前記の行為を順次行っているのであるから、一連の被告人らの犯意遂行の行為として評価をうけるのが当然である。破棄、差戻前の第一次原判決の冒頭陳述において、検察官は証拠により証明すべき事項として、犯行当日午前一時すぎごろ、送水管を破壊し、さらに、同日午前二時ごろ給水を止めたうえ、修理工事に従事し、これがため大塩町では右水道を使用していた戸数約五三〇戸位が約一〇時間に亘って断水し、飲料水に困って、その間姫路市から給水を受けたことを挙げているところであって、個々の送水管の穴あけや制水弁閉鎖の被告人らの行為のほか、修理工事そのものも被告人らの犯意実現に副う行為として審理の対象になっていたことが明らかである。第一次原判決において、すでに、被告人らが前記のような犯意のもとに一旦送水管を破壊し、その修理にことよせて制水弁を閉鎖し、送水管を掘りあげ取り替える作業をゆっくり時間をかけてやり、午前二時三〇分ころから同一一時ごろまでの間大塩町民を断水のうき目にあわせたのであるから、被告人らの行為は水道損壊罪に該らないが、水道壅塞罪に該ると説示しているところである。

おもうに、刑法第一四七条の水道損壊罪は、水道の損壊、壅塞によって公衆に対する飲料水の供給を妨害する行為を罰するものである(刑法改正準備草案は「公衆に供給する飲料水の水道を損壊し、もしくは閉鎖又はその他の方法で、給水を断絶させた者は一年以上一〇年以下の懲罰に処する」と規定する)。

損壊とは、水道による浄水の供給を不可能または困難にする程度に破壊を加えることをいい、壅塞とは、有形の障害物で水道を遮断し、浄水の供給を不能または著しく困難にすることをいい(水道施設自体の操作により送水を遮断することを含まないとされる)、損壊は物理的破壊による浄水の給水不能、壅塞は有形の遮断物をおいてそれを遮断することをいい、ともに、相当な時間に亘ってその状態を継続させることを要するものと解する。刑法第一四七条の水道損壊罪は、以上のように解釈されるところ、本件犯行までその事例に乏しく、壅塞について、必ずしも有形的遮断物たるを要せずとする学説もみられるように、学者の解釈も確立しているわけでなく、刑法改正草案にみられるように、行為の結果を合せてその表現を平易にしようとする試みがなされるところである。

しかも、本件は、水道供給事業の責任者が、その職責を利用して、一種の公憤といえなくもない前述のような動機で、罪のない他町の一般多数町民を長時間の断水の憂目にあわした稀有の事犯であって、当初の水道破壊の程度がどのようなものであれ、修理工事に藉口した長時間断水をはじめから計画予定されておって、本来故意の破壊がなければする必要のなかった修理工事のために、断水(制水弁閉鎖)のうえ、破壊送水管の撤去取換工事をしたことが明らかであるから、本件の場合は、送水管の故意の穴あけ行為は修理行為(制水弁閉鎖、断水、破壊給水管掘り起し撤去取替)の前提となっている行為で、それ自身、水道損壊罪にいう損壊に該るかは別問題として、修理行為と密接、一体となっており、水道供給事業の責任者による違法の給水管破壊、取替工事そのものが、全体として、水道損壊に該ると評価すべきであると考える。

本位的訴因の水道損壊に、水道壅塞を予備的に追加するのは、水道損壊(既遂)の事後行為の処罰を求めるもので許されないし、また、水道損壊を未遂にとゞまるというならば、水道壅塞は水道損壊の本位的訴因に代わるものであるから、豫備的訴因追加は許されない、さらに、差戻後の原審裁判所における訴因変更は単に罪名を水道壅塞から水道損壊に変更したにすぎないなどとする弁護人の所論はいずれも、水道供給事業者が修理工事として行う行為はたとえ違法であっても一切本件水道損壊行為の対象とはならないという前提に立つ所論であって、到底これを採ることはできない。

これを要するに、本件において、検察官が被告人らに対して、処罰を求めようとしている事実は、最初から水道給水事業の責任者の地位、職責にありながら、その動機は別として、故意に水道管を破壊しその修理工事に藉口して、相当時間一定区域の多数の住民に給水を断絶した行為にあることが明らかであって、検察官は給水管取換の修理工事以前に本件犯行の既遂を主張する建前で、給水管の穴あけ行為、制水弁の閉鎖を本位的、豫備的訴因として主張してきたもので、第一次控訴判決で制水弁の閉鎖は壅塞に該らないとの判断を示されたので、給水管取換の修理工事そのものを含めて、水道損壊に変更したわけで、単なる罪名の変更ではなく、未遂の主張を既遂の主張に変更したものでもない。当初から本件給水管の破壊、修理行為が審理の対象となっており、訴因の設定については、条文の解釈に先例がほとんどなく、前記のように、学説も岐かれているので、変転を重ねたものであるが、ことは、法律条文の解釈問題であって、とくに、検察官の主張、立証の態度にとがめるべき点があるとは認められない。

つぎに、弁護人の本件控訴趣意の各論点につき、一件記録を精査して検討してみる。

第一点、原判決には許すべからざる訴因の変更を許した違法があるとの主張について、

論旨は、原裁判所は、その第一回公判期日(昭和四二年一〇月二七日)において、検察官の訴因の変更を許可したが、本件について破棄、差戻しの判決をした第一次控訴審の第三回公判廷(昭和四一年四月七日)において、弁護人の釈明要求に対し、立会検察官は豫備的訴因追加の申立を請求しないと明言しているのであって、それは、裁判所が訴因の変更を促がしたにかゝわらず、これに応じなかった場合に準ずべきものであり、このような検察官の言明にもかゝわらず、第一次控訴審判決は、原判決を破棄しながら自判することなく、訴因の変更をせよといわんばかりに、わざわざ原裁判所に差戻をしたのは、刑事訴訟法上の当事者主義を無視するもので、是認することができず、この控訴審判決に盲従してなされた原審裁判所の訴因変更許可は到底許されないものであるというのである。

しかしながら、差戻前の第一次控訴審において、立会検察官が弁護人の釈明要求に応じて、豫備的訴因の追加を請求しないと釈明したことは明らかであるが、公判調書の記載によると、検察官は、水道壅塞とは、制水弁を廻して送水を遮断した行為だけにとゞまらず、修理にことよせて送水管に穴あけた行為にはじまり、ついで、制水弁を閉鎖する行為によって、故意に、水道の通路を塞き、送水を阻み給水を不能又は著しく困難ならしめる程度に達した場合を指すと釈明して、被告人の控訴申立に対し、第一次原判決の水道壅塞罪の有罪を維持できるものと確信し、現段階では、訴因の変更の申立をしないと言明したのであって、将来の公判の推移如何にかゝわらず、訴因の変更を一切しないと釈明したのでないことが明らかで、弁護人の所論は、釈明の趣旨を誤解するものといわなければならず、また、右の釈明は、裁判所が訴因の変更を促したのに、これに応じなかった場合に準ずべき法令上の根拠もなく、準ずべしと解すべき合理的理由もない。裁判所は訴因変更を命ずる義務はないのであって、訴因の変更をすれば有罪となることが明らかである場合、これに目を蔽って無罪の判決をすることは、実体的真実究明の刑事裁判の目的からいって事実審裁判所の職責にもとるし、さりとて、検察官が現段階では訴因変更をしないと言明している以上、重ねて、訴因変更を促すことは、却って当事者主義にも反するので、敢えて自判に適しないと認めて、さらに、審理をつくすよう原裁判所に差戻したことが認められ、第一次控訴審は当事者主義を無視したものでもなく、検察官の監督者たる立場に立って行動したものとも認められない、もとより、控訴審判決は原審裁判所を誤導したものでもないし、原審裁判所も控訴審判決に盲従して訴因変更を許したものでもない。刑事訴訟法に則って訴因変更を許したのであるから、公正な手続により事実を明らかにしたもので、所論は理由がない。

第二点、原判決は違法な訴因変更にもとづいて有罪判決を言渡した違法があるとの主張について、

論旨は、原審における訴因の変更について、本件のような経過――被告人側のみの上訴申立により破棄、差戻しとなった場合には、検察官の不服申立がなかったということによって訴因はもはや不動のものとして確定したものとみるべきであるから、原審が認めたような訴因の変更はできない、ものと考えるべきであり、第一次控訴審においてはこの意味で検察官が訴因の豫備的追加の請求をしなかったのは、節度ある行動であったのに、差戻後の原審公判において、検察官から、今まで問題にならなかった事後行為を加えて訴因の変更申立をなし、原審裁判所は弁護人の異議申立にも拘らず、これを許可したうえ、有罪判決をしたのは、当事者主義の原則に反するとともに、破棄差戻後の原審には、控訴審の性格と限界が投影しており、通常の第一審公判手続と異なるものがあることを忘れ、訴因変更の無制限の自由を認めたもので、上級審の不利益変更禁止が差戻後の裁判所をも拘束するとの最高裁の判例にも反し、憲法三九条にも違反すると主張する。

しかしながら、検察官が第一審判決に対し不服申立をしなかったのは、同判決が起訴事実全部について有罪を言渡したから不服申立をする必要がなかっただけのものであって、公訴事実の同一性の範囲内で公訴を維持するものであることはもちろんである。従って検察官の不服申立がなかったからといって、そのことをもって直ちに訴因がもはや動かすべからざるものとして確定したということはできず、審理の推移に応じ公訴維持のため必要が生ずれば、単純一罪の公訴事実の同一性の範囲内で訴因の変更を請求し得るものと解するのが相当である。

第一次控訴審は訴因の変更をすれば、水道損壊の事実を認定できるとことわって、弁護人の控訴趣旨を認めて原判決を破棄した上で、さらに審理をつくすよう原審裁判所に差戻したのは、当事者である検察官の豫備的訴因追加を請求しないとの言明をも考慮にいれて、控訴審における訴因変更を促すことを避けたものである、従って、前述するように、公訴にかゝる本件の事実関係としては、第一次原審から一定していて、たゞ、訴因の設定について、法律解釈に争いのあるところから、公訴事実の同一性の範囲内で、変転を重ねているにすぎないので、第一次控訴審としては、第一次原裁判所の水道壅塞の訴因では、水道壅塞の構成要件を充足するに至らないが、公訴の事実全体を検討すると、水道損壊としての訴因が立てられるように思われるので、改めて第一審裁判所で審理する必要があると差戻したのであるから、当事者主義に則り、かつ、実体的真実を追求する刑事裁判の目的に従った措置というべく、検察官の控訴によるものでなくても、訴因変更の可能なことをまた、これを示唆したからといって当事者主義を逸脱するとはいえない。

差戻後の第一審裁判所の公判手続は、いわゆる起訴状一本主義が採用されないことおよび刑事訴訟規則二一七条の制限があることのほかは、上級審の破棄判断の部分に牴触しない限度で通常の第一審の手続と何ら変りはなく、訴因変更については、公訴事実の同一性の認められる限り、これを許さなければならないのであり、弁護人からの異議申立、公訴棄却の申立について、その都度、原審裁判所の判断したとおりであって、原審が訴因の変更を許したのは正当である。所論は、訴因の変更を認める刑事訴訟法を独自の見解によって制限して解釈するものであって、採用することができない。従って、差戻後の原審における訴因変更は違法であるとの前提に立つ論旨はすべて理由がない。

第三点、原判決は、差戻判決の趣旨を誤まり、何らの審理を尽さずして有罪とした違法があるとの主張について、

論旨は、第一次控訴審の判決が「原審で取調べた証拠によれば……ことが窺われる、もしかゝる事実を認定し得るとすれば、……本件は水道を損壊し浄水の供給を一時不能としたものと認めなければならない……されば、原裁判所において更に審理を尽し、前記の事実を確定した上、判断すべきものと考える、」と判示して差戻したのに、差戻し後の第一審である原審においては、新たな訴因につき、何らの証拠調もなくして、既存の証拠のみによって事実を認定したのは破棄、差戻判決を曲解したものであると主張する。

なるほど、破棄、差戻判決によると、新たな訴因につき、既存の証拠以外に新たな証拠があれば、これをも判断の資料として取調べたうえ、新訴因について、判断するよう示唆しているように受け取れないことはないが、一方、差戻判決は、第一次原審で取調べた証拠によれば、……ことが窺われる、と述べ、必ずしも新らしい証拠の取調べを予想しているわけではなく、要は、新訴因につき、審理するよう、当然のことを述べているにすぎないと解するのが相当である。

一件記録によると、差戻後の公判審理において、原判決挙示の各証拠を適法に証拠調をしたことが公判調書上明白であって、原審裁判所は、前記のように、検察官の訴因変更の申立を許可し、弁護人の公訴棄却の申立を再度棄却するなど本件についての審理をつゞけ、新訴因についての検察官からの証人申請については、その必要なしとしてこれを却下し、既存の証拠によって、新訴因についても、その証明十分であるとして、既存の証拠のみの証拠調をしたうえで判決したことが認められる。

証拠調の範囲ならびに順序方法は裁判所の決するところであり、証拠の証明力は裁判官の自由な判断に委ねられるのであって、原審裁判所が証拠調はこれで十分と考えて、さらに、新たな証拠の申請を採用しなかったからといってこれを非難することはできない。また、公判における審理は、証拠調に限らず、本件における訴因変更についての論議、訴因変更の許可、公訴棄却の申立についての論議、これに対する裁判も含まれるのであって、差戻後第一審の証拠調が既存の証拠のみであったからといって、審理を尽していないとの所論は独自の見解で採用することができない。論旨は理由がない。

第四、第五点、事実誤認の主張について、

論旨は、原判決は、被告人中須につき、送水の一時停止を指令したにとゞまるにかゝわらず、他の被告人らと共謀の水道損壊罪を認定し、被告人菅野につき、同人は、事情を知らずに途中から被告人らの行動に加わったにかゝわらず、被告人らとの共謀を認定したのは、いずれも判決に影響を及ぼす重大な事実誤認であると主張する。

そこで、一件記録を精査して検討してみるのに、原判決挙示の各証拠を綜合すれば、優に、被告人らが共謀のうえ、本件犯行を行ったことが認められ、被告人中須、同菅野も、本件犯行につき、共同の責任を免れるものではない。被告人両名とも、捜査段階において、本件犯行の動機、態様、結果を認める供述をしていたのに、原審公判廷以来水道損壊の犯意を否認するような主張をするのであるが、いずれも刑責を免れようとする弁解と認めるの外はない。たゞ、本件犯行は被告人中須の首唱により、その部下である他の被告人らが無暴と知りつゝこれに参加した犯情に徴し、被告人中須と他の被告人らとの間に、刑責の点で区別すべきものであるが、被告人菅野も、給水係主任という技術方面の責任者として、中須市長から直接命令をうけたことがなかったとしても、同人の意図を伝え聞いて、これに協力すべく途中から参加して修理工事を指揮したことが明らかで、その刑責を免れるものではない。

以上原判決の認定するところに、採証法則違反による事実誤認は存しない、論旨は理由がない。

第六点、法令適用の誤の主張について、

論旨は、本件被告人らの所為は、その管理権を濫用して正当ならざる方法による給水義務違反をしたにとゞまり、それは、水道損壊罪に該当しないから、原判決が刑法第一四七条を適用したのは、法令の解釈適用を誤ったものであると主張する。

しかし、被告人らが一旦破壊した本件送水管を、さらに、掘り起し、これを撤去した行為は、まさに浄水の送水を不能ならしめる程度の破壊であり、しかも、かゝる破壊は送水管の破壊及びその修理工事に藉口して給水を遮断するという、被告人らが予めした謀議の内容に従った犯罪の実行々為に外ならない。従って、修理に藉口した違法な破壊行為であるから、刑法第一四七条の水道損壊に該当することが明白で、原判決に何ら法令の解釈適用の誤はなく、論旨は理由がない。

以上のとおり、原判決について、論旨のような、訴訟手続における法令違反、法令適用の誤、事実誤認を認めることはできない、論旨はすべて理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により、本件各控訴を棄却することゝし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 本間末吉 裁判官 西田篤行 吉田治正)

<以下省略>

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